Apr 25, 2009

京都から東京への移動の深夜バスの利便性について

京都駅を深夜に出発し、東京駅と上野駅午前6時台に到着する深夜バスがある。実際に利用した感想ですが、意外に快適で、十分によくすることができた。 "枕が変わるだけで眠れない"という人には苦痛かもしれませんが、睡眠時間を除いて完全に一日、東京に滞在することができる魅力はとても大きいと思います。現在は、曜日に応じて、最低価格は3000円程度の料金の深夜バス会社も非常に安く、一度試みる価値は十分あると思います。
富士山麓に居住しているので、都内に出てくるときによく高速バスを利用しています。高速バスの利点は、目的地まで乗り換えなしに連れて行ってくれるのです。また、電車より料金が安いのでとても便利です。最近ではほとんどのバス車内にトイレも完備しているので、子供がいても慌てずに乗ることができた。使い続けていきたいと思っています。
 宮里藍が日本人初となるロレックスランキング(女子ゴルフ世界ランキング)No.1に輝いた2010年。その大きな要因となったのは、親友ロレーナ・オチョア(メキシコ)の引退だった。

 元女王アニカ・ソレンスタム(スウェーデン)から世界ランク1位の座を受け継いで丸3年目の2010年4月23日、オチョアは電撃的に引退発表を行った。「米女子ツアーのシーズン開幕戦でタイに行ったとき、今まで感じたことのない寂寥感に襲われました。もう現役を続けることはできません。競技ゴルフに身を置いていたことで失ってしまった家族との時間を取り戻したい」と胸中を語ったオチョア。「これは悲しい引退ではありません。私にとって今日は人生最良の日」と涙ながらに笑顔を見せた。

 その翌週の米女子ツアー、母国メキシコで開催されたトレス・マリアス選手権を最後にツアー競技から遠ざかり、チャリティ活動やエキシビションマッチなどに勤しむ日々を過ごしている。そして、オチョアの引退によって激しさを増したのが世界ランクNo.1争い。上位5〜6人がほんの僅かの差の中でトップの座を競い合い、毎週のように目まぐるしく1位が変動する状況となったことを考えても、それまでのオチョアがいかに“不動の女王”だったかが理解できる。

 ツアーメンバーとなった2003年から今シーズンまで計174試合に出場したオチョア。そのうち170試合で予選通過を果たし、トップ10入りは109回。実に全体の63パーセントで10位以内の成績を収めていた計算になる。さらにトップ3は63回。こちらも3割を大きく超える36パーセントの確率なのだから恐れ入る。ちなみに優勝27回は勝率1割5分5厘。20試合ごとに3勝の計算だ。特に2006年からの3シーズンは全盛期で、出場72試合のうち予選落ちはゼロ。トップ10入り58回、優勝21回(勝率2割9分2厘)と驚異的な数字を残し、3年連続賞金女王にも輝いている。

 宮里が「今年最大の目標」と公言して話題となったプレーヤー・オブ・ザ・イヤーのタイトルは、2006年から昨シーズンまで4年連続で獲得。優秀なゴルファーの証である年間平均ストロークで争うベアトロフィーも、同じく2006年から4年連続で受賞している。わずか8年間の現役生活で稼ぎ出した生涯獲得賞金額は、ツアー史上歴代3位となる1,486万2,660ドル(約12億5,000万円)だ。

 一方、メジャー大会での通算優勝回数はわずか『2』。2007年全英女子オープンと2008年クラフト・ナビスコ選手権の2勝だけというのはオチョアにしては少ない気もするが、全英では後続に4打差、クラフト・ナビスコでは後続に5打差をつける見事な圧勝劇を披露した。また、3年前の全米女子オープンでは最終日まで壮絶な優勝争いを演じるなど、ことメジャーに関しては記録より記憶に残るプレーヤーだったといえるのかもしれない。

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 【ソウル西脇真一】サッカー韓国代表の主将、朴智星(パク・チソン)(29)=マンチェスター・ユナイテッド=が31日、ソウルで会見し、代表チームからの引退を正式に表明した。朴は「最もうれしかったのは、初めて代表に抜てきされた時。小さいころから夢見たユニホームを10年以上、着ることができたのは、このうえない栄光だった」と振り返った。

 スーツに白いシャツ姿で会見に臨んだ朴は、「まだそのような年だとは思わないが、この決定が韓国サッカーはもちろん自分のためにも良いことだと思う」と強調。「後輩たちに機会を与えるのも必要だ」と14年のワールドカップ(W杯)ブラジル大会に向けた世代交代の重要性を語った。

 朴智星は韓国の大学生だった00年にJリーグの京都に入団し、プロデビューした。その後オランダリーグやマンチェスター・ユナイテッドで活躍。W杯は02年の日韓共催大会など3大会に出場した。

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 【ソウル大澤文護】韓国各紙は31日、サッカーのアジアカップ決勝で優勝を決めるゴールを挙げた李忠成の活躍を「韓国代表の夢を諦め、日本の英雄に」と大きな紙面を使って紹介した。

 有力紙・朝鮮日報はスポーツ面トップ記事で「『イ・チュンソン(李忠成の韓国語読み)』から『り・ただなり』へ なぜ日本の英雄になったか」の見出しで、在日韓国人4世として生まれた李の足跡をたどった。同紙は「日本の中・高校で差別を受けた彼は『夢は韓国代表になること』といっていた。しかし(04年、年齢別の韓国代表候補に選抜された李を)また別の差別が待っていた。同僚たちは韓国語が十分でない彼を同じ韓国人として認めなかった。(心に)傷を負った李は日本に戻り、家族の反対を押して『日本人』になった」と経歴を詳細に記した。

 一方、中央日報は、北京五輪に日本代表として出場した李が「私は在日同胞という自負心を胸に走る。在日同胞という事実を隠す時代は過ぎた」と語り、自らを「新日本人」と呼んだと紹介。

 韓国各紙は、日韓両国のはざまで厳しい道を歩んだ末、アジアカップの活躍により、両国で高い関心を呼んだ、新ヒーロー誕生をこぞって称賛した。

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